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上の写真は何でしょう。写真の中の左側の長方形の物は、農具の鋤などの道具を固定する時に使うクサビです。右側の段折れの物は、林業で丸太を扱う時の鳶口(とびぐち)という道具のツメです。
布川さんが鍛冶の修業を始めた時に最初に訓練したのが、クサビ造りだったそうです。繰り返し繰り返し練習して、初めのうちは手が道具を持つ形に固まって、反対の手で開いてやらないと動かないような状態になっていたんですって。クサビもトビのツメも、需要は少なくなっているけれども、今でも布川さんの大切な仕事の一部です。 |
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左の写真は両刃の山刀(ナガサ)です。秋田五城目鍛冶は、この山刀でも有名です。このような山の刃物には、マタギの伝統が息づいているのでしょう。用途に合わせて、何本かあつらえる方も少なくないようです。私は、山に入って何かをすると言うことはないのですが、山刀を所有したいという願望はありますね。
子どもの頃、角鉈で竹や木を割って工作した記憶や、刃を欠いてしまってどうすればいいのかわからずに、そのまま使うことが無くなってしまったという記憶があります。鉈類も刃の研ぎ方が独特で難しいようですね。
右の写真は、上から角鉈・ 山刀(片刃)右利き用・左利き用 です。左利き用の刃物でも、良心的に細やかに対応して製作してくださいます。 |

布川さんと初めてお会いしたのは、ある年の1月8日。真っ暗になった、雪のちらつく夕方に私の工房に来てくださり、厚めの革を購入されていきました。年が明けてまもない時期に、口数少なく材料を求めて行かれた、最初に来た時はただそれだけで、私にとっては謎の人物でした。
2回目に来てくださった時でしょうか、実は鍛冶屋さんだと教えていただき、それから道具でのおつき合いが少しずつ始まりました。
最初に革を買いに来てくださったのは、山刀などの革シースを作るためでした。良い感じのシースをお作りになります。
布川さんは、鍛冶になるために県外から秋田に移住してきました。鍛冶になる前は、車の設計にたずさわっていたそうです。思い切った転身ですね。でも、もとの仕事の経験なども、きっと鍛冶の仕事に役立てていらっしゃるのだと思います。
写真の作業は、地金と鋼を鍛接しているところです。地金と鋼の間の鍛接剤が火花となって飛び散っていますね。
布川さんの仕事は几帳面で正確です。想像力も十分に備えていらっしゃるので、こちらの要望を伝えると、布川さんのイメージが加わって、より良い物になって仕上がってきます。そのために一本の製品を納めていただくまでに、10本の試作をしてくださっている時もあるようですが、その積み重ねで製品のグレードが見る間に上がっていくのがわかります。
秋田五城目鍛冶は、以前はいくつも工場があったようですが、今では数少なくなった鍛冶屋さんの一軒が布川さんの工場です。スーパーで刃物を売る時代になり、また鍛冶の後継者がいなかったことが、鍛冶屋減少の大きな原因だと思われます。布川さんの活躍を見て、自分も鍛冶になると目覚める人が出てきて、鍛冶の伝統を継承していってくれることを願います。
使われて、減って消えてしまうのが優れた道具の証。布川さんの目指す道具の世界観です。私もそういう道具を使って仕事をしたいと思います。
布川さんのこれからの仕事が楽しみです。 |

菜切包丁 文化包丁 出刃包丁 |
画像:布川 文章:辻永
画像に関わる権利は、布川刃物製作所・布川氏に帰属します。
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